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2021年6月11日

6月11日 平和行進 最終日

犬山城と木曽川を臨む絶景の中 愛知から岐阜へ引継ぎ集会

6月11日(金)のまとめ

●扶桑町役場~犬山市役所 ●岐阜県への引き継ぎ(犬山城前)

 ◆参加者のべ 107人  ◆ペナント結集 26本  ◆折り鶴 3620羽

◆「日本政府に署名・批准求める」署名 99筆  ◆募金 24000円  

扶桑町役場玄関で参加者が20人、町職員は町長、議長含め16人が参加してくれました。町長は、「平和の発信は大事なことです」と激励メあいさつ。扶桑町の日本共産党町議・高木さんは、「日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めましょう」と訴えました。平和委員会の福島さんが、平和行進で引き続き訴えていくことの大切さを話しました。その後、役場前から町長、議長も先頭の横断幕を一緒に持って、少しの距離でしたが、平和行進を行いました。


犬山市では市役所内の会議室で歓迎集会を22人参加のもとに行いました。議会中なので、職員の方が代理で市長メッセージを読み上げ、「平和行進が人の心に平和の砦を築くことになる」とあいさつされました。市長、議長から。署名、賛同募金をいただきました。

さらに、折鶴4500羽、署名97筆、ペナント20、募金11000円が寄せられました。新婦人では折鶴を一年間かけて取り組んだことを紹介しました。


あいち平和行進、12日間の最後は犬山城での集会です。

共同連絡会を代表して澤田代表は、国連での平和規範をつくる努力が強まっていることを紹介しながら、自分たちの未来は自分たちで切り開こうと呼びかけました。愛友会金本理事長は、愛知県の被爆者運動を牽引してきた堀三郎さん、鬼頭駿さんが亡くなり、実相を伝えることがいよいよ重要と、話しました。コープあいちの竹本さんは、コープ全組合員で署名にとりくみ15000筆に達していると報告。その後、国民平和大行進の横断幕が愛知から岐阜に引き継がれました。

岐阜県から、被団協の木戸さんがあいさつ。被団協運動は、人類を救う運動であったと語り、被爆者運動の果たした役割の大きさを強調しました。


愛知から岐阜への引継ぎ集会には、著名な被爆者が「そろい踏み」であいさつしました。沢田昭二名大名誉教授、金本弘愛友会理事長、木戸季市日本被団協事務局長。この地域が、平和運動で、有力な指導者を輩出してきた証左です。

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  2021/06/11   あいち平和行進

香流川から矢田川の河川敷をおひとり様平和行進

平和行進が名古屋市内で行われている6月6日、朝早く(7:40am)出発して、名東区の自宅近くの香流川から矢田川の河川敷を歩いて、北区の上飯田(12:00am)まで小雨の中、緑の平原の中を「核兵器禁止条約に参加しよう」というお気に入りの小旗をかかげて歩きました。途中、ベンチを見つけて2回休憩しました。私は青信号の間に交差点をわたるのが遅いので、信号の無い自然の中はのんびりとしていて気持ちが良かったです。

この道は自転車でよく利用した道で、通りすがりに市民の平和な生活の息吹を感じました。日曜日は散歩する人、ランニングする人、数人からなる自転車隊、いくつかの少年野球チームの練習、大人の野球大会などがあるところを小旗をかかげて歩きました。

過去に何回もこの道を利用していると、たまに自衛隊の行軍訓練に出くわすことがありました。私は自然の緑が好きで、子供の頃、遠くの緑を見るとは目が良くなる(科学的根拠は?です)と言われたものでした。ところが自衛隊のどす黒い迷彩色には怖さを感じ、この景色にマッチせず、その時は、精神のやすらぎがこわされました。

道路の橋の下はいつもテニスやバドミントン、ボード、ダンスの練習をしているのを見かけるところですが、雨のため、3人の大人の人がすわって見えたので写真を取ってもらいました。昼近くに晴れて来て、天神橋緑地のベンチで持参した弁当を食べました。(名東区、大森和彦)

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